里親制度に興味はあっても、「自分にできるだろうか」と迷う人は少なくありません。現在、養育里親としてこどもを育てる三輪さんご夫婦の夫・真穂(まさほ)さんも、妻・清子さんから「里親になりたい」と打ち明けられてから、決断するまでに15年かかったと話します。妻やその家族を通じて出会ったこどもたちの姿を見守るなかで、家庭で暮らすことの大切さを実感し、気づいたときには「里親をやってみたい」という気持ちが芽生えていました。真穂さんが見てきたこどもの変化や、こどもと暮らす中で感じていることを伺います。
成長する姿に背中を押され、里親になりたいと思うまで
現在、里親として中学2年生の里子のくうちゃんを育てている真穂さん。そんな真穂さんも、最初から里親になることを考えていたわけではなかったといいます。
里親制度に触れたきっかけは、清子さんのご実家の存在でした。ご両親がファミリーホーム(小規模住居型児童養育事業)を営み、常に5〜6人のこどもたちと一緒に暮らしていたのです。
「最初に聞いたときは、血のつながりのないこどもと大人が、どう関係を築いていくのか想像がつきませんでした。妻からは『暮らしの中で家族として成り立っていくものだよ』と聞かされていましたが、どこか半信半疑なところがありました」
そんな真穂さんの見方が変わっていったのは、清子さんの実家のファミリーホームのこどもたちと一緒に過ごすようになってからです。映画館に出かけたり、バーベキューをしたり、少しずつ時間を重ねていったそうです。
「こどもたちと過ごす中で、家族にとって大切なのは、血のつながりではないとわかってきました。こどもたちが何でも話したり、時にわがままを言ったりするのは、『自分の気持ちをぶつけてもしっかり受け止めてくれる』と確信しているからなんですよね。そうやってぶつかり合えること自体が、里親との信頼関係の表れなのだと気づかされました」
それでも、自分自身が里親になることには、まだ大きな不安があったといいます。
「もし里親になるなら、僕か妻のどちらか一方は、子育てに専念したほうがいいと考えていました。でも、仕事を辞めてまでとなると、難しい。さらに高いハードルとなったのが、それぞれ異なる生育歴や家庭環境をもつこどもたちと向き合うことの難しさでした。正直、一緒に暮らすのは大変です。とてもではないですが、里親になれる気がしませんでした。どれほどの労力と時間を使わなくてはいけないのだろう。絶対に自分にはできない。そうやって悩みながら、里親になる決断をするまでに15年ほどかかりました」
決め手となったのは、ファミリーホームのこどもたちが、自立し、歩みを進めていく姿を見たことだったそうです。
「あれほど手がかかったこどもがある時期を境に落ち着き、豊かに成長していきました。それは良い意味で完全に僕の予想を裏切りました。それがきっかけとなり、僕の養育の苦労に対する見方が肯定的なものへと変わっていったのです。良い子である必要はない。こどもの抱えているものを押さえつけるのではなく、引き出してあげる。そして、大人になるまでに、できるだけ解消させてあげる。それが里親の大切な役目だと気づき、妻に『里親になりたい』と伝えました」
里父として過ごす手探りの日々。戸惑い、喜び、家族になっていく
真穂さんご夫婦が里親登録をしたのは2019年。その数ヶ月後に、当時小学一年生だった里子の「くうちゃん」を迎えました。
「どの子も最初は同じだと思いますが、一緒に暮らし始めた直後はすごく気を張っているんですよね。くうちゃんも、最初は脱いだ服をきれいに畳むほど几帳面な様子でした。でも、2〜3週間も経つと、自分らしさを見せてくれるようになりました」
くうちゃんと初めて会ったときから、相性が良さそうだと感じたという真穂さんでしたが、一緒に暮らし始めてみると、戸惑うこともあったといいます。
「最初のうち大変だったのは、寝るのを嫌がることでした。夜になると、気持ちが高ぶるのか、落ち着いて眠ることが難しい様子でした。言葉での表現がまだ少なく、気持ちや考えを汲み取るのに戸惑うこともありました。時間の感覚や物事のつながりを理解することが難しい様子も見られました」
しかも、くうちゃんを迎えたのは、新型コロナウイルスの感染拡大による外出制限の真っただ中。学校も長期休みとなり、朝から夜までずっと家庭内で過ごす日々が続きました。
「トイレに入っても、声が聞こえないと不安になるようで、外から扉をドンドン叩かれました。なかなか気が休まらない毎日の中で、『自分はこんなにも受け止めきれないのか』と、器の小ささを突きつけられた気がしました」
それでも、真穂さんには「この状態で間違っていない」という確信がありました。ファミリーホームのこどもたちを見てきた経験から、信頼して心を開くほど、感情が素直に行動に現れることを理解していたからです。
そうした日々の中で、真穂さんご夫婦は、くうちゃんに新しい世界を知ってもらうことも大切にしていました。
一緒に暮らし始めるまで、くうちゃんはYouTubeやゲームに触れる時間が比較的長かったそうです。初めは見守っていましたが、夫婦で話し合いながら、利用時間についてルールを決めることにしました。
「リアルな感覚をもっと知ってほしいと考え、自然の中で遊ぶ時間を多く作りました。毎日、くうちゃんと虫捕りに出かけたんです。網を持って追いかけ、自分の手で捕まえ、じっくり観察しながら名前や生態を教えてあげて……。くうちゃんは最初、虫を嫌がっていましたが、次第に夢中になっていきました。ある日、大きな幼虫を持ち帰ってきて、『自分で育てたい』と言うんです。何の幼虫だろうと思いながら一緒に世話をしていたら、立派なカブトムシになりました(笑)」
キャンプにもよく出かけ、山、海、湖と、さまざまな場所へ。そうした体験を重ねるうちに、くうちゃんは生き生きとした笑顔を見せるようになっていったそうです。
「自分だけを特別に見てほしい」一対一で向き合う愛情の大切さ
里親制度について学ぶ過程で、真穂さんは「誰かからの愛情を独占する経験」が、こどもにとって大切なのではないかと考えるようになっていったといいます。
そのことを強く感じたのが、里親登録のための研修で、5〜6人のこどもたちが共同生活を送るグループホームへ実習に行ったときのことでした。
「みんなで一緒に遊ぶつもりだったのに、こどもたちが僕の手を引っ張り合うんです。それぞれ、ほかのこどもがいないところに連れていこうとして、『自分と二人だけで遊んでほしい』と。そのときに、こどもが望んでいるのは、大人からの平等な接し方だけではないと知りました。『自分だけを特別に見てほしい』『誰かからの愛情を独占したい』という思いが、はっきりと伝わってきたんです」
だからこそ真穂さんは、里親制度には「特定のこどもが、特定の大人から注がれる愛情をしっかり受け取れる」という、大きな意味があると考えています。
「こどもが感情を制御できなくても、手がかかっても、それを良しとする。そのためには正直にぶつかり合う姿勢が、こどもにまっすぐ届くことが大切なのだと思います」
くうちゃんと過ごす日々の中で、真穂さんが「里父になってよかった」と心から感じるのは、ストレートな愛情を受け取ったときだといいます。
「『好きだよ』と書いた手紙を毎晩のようにくれたり、1日に何度も『好きだよ』と叫んでくれたり。トイレやお風呂にいるときも、外から大きな声で伝えてくれるんです(笑)。中学生になった今、頻度こそ減ったものの、愛情をまっすぐ表現してくれるところは変わりません。里親になる前は、『自分が養育者としてたくさん愛情を与えなければ』と身構えていた部分がありました。でも、くうちゃんと出会ってから、必要なことはこどもが教えてくれるとわかったんです」
自分たちのペースで、周りを頼りながら歩んでいく
くうちゃんは現在、夏休みや冬休みなどの長期のお休みを利用して、実母との面会を続けています。面会の日には、真穂さん夫妻が送迎を行っています。
「面会の日は楽しみに出かけ、『楽しかった』と話しながら帰ってきます。その後も普段通りの生活に戻る様子を見ていると、くうちゃんなりのペースで今の生活を送れているのではないかと感じます」
子育ての中では、進路や学校生活など、将来に関わる判断を求められる場面があります。そのたびに、真穂さんは「こどもの人生に関わる責任」を実感してきたといいます。
「実親ではない自分が、こどもの人生を左右する判断をしていいのかという迷いはありました。しかし結局、大切なのは『どのような環境なら、こどもが生き生きと過ごせるか』を見極めること。そう信じて下した選択は、間違いではなかったと思っています」
里親になることで、これまでの生活スタイルや人間関係が一変してしまうのではないか。不安に思う人もいるかもしれません。しかし真穂さんは、「僕たちの生活やコミュニティは、ほとんど変わっていません」と微笑みます。
「地区の里親さんが所属する会で役員を務めているので、里親同士の交流は増えました。普段の悩みを共有したり、先輩方から学べたりする環境があるのはとても心強いですね。ただ、無理にママ友・パパ友の輪を広げようとはしていません。それよりも、昔から付き合いのある友人たちの輪に、くうちゃんをそのまま連れていくスタイルをとっています。僕の周りにはさまざまな背景を持つ友人がいて、くうちゃんは自然と多様な価値観を持つ大人たちに囲まれて育っています。僕の両親にも年に2回ほど会いますが、一緒に過ごす時間を楽しみにしているようです」
真穂さんは現在も「自分に里親が務まっているのか」と自問自答を繰り返しながら、くうちゃんとの日々を重ねています。だからこそ、完璧な子育てを目指す必要はないと強調します。
「僕自身、妻や先輩里親の方々、フォスタリング機関や児童相談所など、周囲のサポートに助けられてここまで来ました。そうやって周りを頼り、うまくサポートを受けながら、こどもに向き合っていけばいいのだと思います。もし、里親になりたいという気持ちが少しでもあるなら、まずは周りの人や支援機関に相談してみてください。いろいろな人の話を聞きながら、自分たちのペースでじっくり考える。その延長線上に『里親になる』という選択肢があってもいいのではないでしょうか」
みわ・まさほ 1976年、群馬県生まれ。東京都の養育里親として、1名のこどもを受託している。
(※記事の内容は公開日2026年9月29日時点の情報)